ADHD 通院しない

ADHDでも通院しない兄(30代/男性)

家族がADHDと診断されました。私の兄がADHDの診断を受けたのは、27歳の時でした。病院で診察を受けることになったきっかけは、彼が新しく始めた受付の仕事に支障があるということを我々家族に打ち明けたことでした。

 

症状は次のようなものです。
仕事中、次から次へとやることがたまってしまうと脳が処理しきれず、やるべきことを忘れてしまったり、上司に注意されたことが全く修正することができず、同じことで何度も何度も注意されてしまうということです。

 

彼は当時、とても深い自己嫌悪に陥っていました。こんな仕事を続けるぐらいなら本当に死んだほうがマシだと言っていました。彼と共に何十年と生活してきて、ADHDの症状らしき行動はいくつも確認されていました。明らかに注意力が足りないのです。

 

その例を上げるとするならば、家庭内の雰囲気、いわゆる現場の「空気」というものが全く読めないのです。とにかく自分の話したいことをどんどん話してしまいます。家には「禁句」とされている、話してはならない話題がいくつかあるのですが、彼は一切そのことを気にとめることもなく、簡単に口にしてしまうのです。
それなので人が傷つくことも平気で言ってしまいます(外へ出ると緊張感があるため、それなりに注意を払えているとのことですが、彼自身の話なので信用できません)。

 

以上のように様々な症状がある中でも、我々はただその事実を彼自身が「無神経で性格が悪い」と、人間性の問題だと決め付けることで納得してきました。しかし今回、仕事の支障がでたことを機に仕事を辞める理由として解明せざるを得なくなりました。

 

医者にかかることには抵抗がありました。なぜなら、診断結果を知りたくない気持ちと発達障害であることがわかってしまうと今後、余計な肩書きを背負って生きることになるからです。

 

その後、診断書を書いてもらってからは一度も通院していないようです。もちろん薬など服用していません。ただ、受付の職はあきらめ、転職を果たし、今度は自分の性にあった職を見つけることができ、苦労はしつつも仕事とうまく付き合えているようです。

 

症状さえ軽いものであれば、通院などは必要なく、そして問題なく社会生活を送ることは可能であるということを私自身、見ていて感じました。彼がADHDでどのくらい苦労してきたのか、そのすべて理解をすることはできません。

 

しかし、昔は「変わった人」ぐらいで済まされていた事が、近年医学の進歩でその全貌が解明され始め、病名がつけられるようになりました。診断をもらうことで、生きる道を限定させられてしまいます。できる限りはその人の持っている特性を信じて、その人自身に合った生き方を見つけていくことも必要なのではないでしょうか。

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